特別講師をやってくれと依頼してくる物好きな学校がある。(笑)
今日は原宿にあるESPの学校の体験入学会のゲスト講師として
トーク&ちょっとだけ歌を歌ってきました。
で、その物好きな学校の責任者ってのが、明大中野時代の一級上で
あの頃、レイジーより少し先輩のドルフィンというアイドルグループに居た
現在ESPの学校の副校長を務める小野寺さんなのである。(^▽^)v
ほんとに良い人で(笑)←なぜ笑う??
29年前、芸能界に入って右も左もわからん大阪のアホガキどもに
色んなことをアドバイスしてくれた最初の人なんだもん。
(忘れもしない新大久保の喫茶店だった。)
なので、「影ちゃん、ちょっとでいいから、今までのことを
これからアーティストを目指す子供達に話してやってよ。」と言われりゃ
行くっきゃないでしょう!!(^▽^)v
実は俺には、数少ない、これだけはダメって決めていることがあって、
それは、現役としてステージに立ち、ファンのみんなが払ってくれたお金で
生活している間は、夜の箱バンドと学校の歌の先生だけはぜったいにやらないぞと。
まぁ、今でこそ、そういうことにあてる時間は、まったくないのであれなんだけど、
若くて生活に困ってる頃は、何度もそういう道に入りそうになったもんだよ。
でも、その度に、その頃なんて来てくれるファンもそんなに居ないのに(笑)、
「ファンが来てくれてステージの上で生きてる間は、ぜったいに音楽をバイトにするのはやめよう。」と、かたくなに守り続け、その代償として建築現場でこの世の地獄を見てきたんだから。(笑)
だから今日の仕事や、たまに行く学校のイベントゲストも、
俺は講師ではなく特別講師なんだよ。(笑)
つまり、俺がもらうのは、時給や月給じゃなく出演料というギャラなわけだ。
まっ、変なたとえ、昔の遊郭のお女郎さんが、身体は許しても唇だけは....ってのと、似て....... 似てね〜〜(笑)
まぁ、そんなわけで色んな質問に29年のキャリアの中で思ったことを
脚色するわけでも隠すわけでもなく、ありのままに話してきました。
そして、自分の娘や息子世代の子供達も熱心に聞いてくれたよ。
で、最後の質問、長く続けられた秘訣は???
僕は二つ答えました。
ひとつは、アーティストっていうか芸人として(笑)
芸の道は奥が深い。
ひとつのことができるようになっても、
その時には新しい目標が現れるはず。
なので、いつも 自分がどうすれば今日より前に進めるか
それだけを考えて音楽と接するべきでしょう。
そしてもうひとつ。
それはね〜〜〜 世の中への感謝の気持ちをもちなさい。(細木先生かよ。)
っていうか、これはほんとに実感してることなんだ。
俺はレイジーがあれだけ人気があったことで若くして天狗になってしまって、
自分の実力や謙虚な気持ちを見失い、自分が頑張ったから今、ここにいるんだ。
....というような考えのままソロになったんだなぁ...
で、やっぱ世の中ってそんな甘くないわけで、
すぐにダメになった。(笑)
まぁ、とことん落ちて、そこから でも、やっぱ音楽が大好きで、
よ〜〜〜〜〜っし、かっこつけてないで小さいライブから始めよう。と思い、
当時、ケンちゃん達と楽器車でたくさんライブをやるようになったんだ。
あの頃、かっての仲間だったラウドネスはもう万単位の集客力だったし、
アメリカでもチャートに入るくらいのビッグネームになってたし、
イノやんやひろゆきのネバーランドも千人や二千人は楽に集められるバンドだったし。
けっこう、惨めな気持ちになったけど。
まっ、あの頃からどこかポジティブマンだったのか、
「まっ、こうなったのは俺の今までの行いのせいや!!
また一からやりなおせばええわ〜〜」
みたいな感じで十人単位のライブをやり始めたんだよ。
なんで今日に限ってこんなに話してるんだろう?? 変な俺。(笑)
で、そんな感じでライブに明け暮れていた26歳の時に
チェンジマンに出会ったんだ。(^▽^)v
あの頃の、コロムビアのディレクターの方々、亡くなった小暮さんとか....
その他にもたくさんの人に支えられて、俺の第二の人生がスタートし、
レイジーが再結成し、ランティスができ、今、ここにいるわけで。
なので、二つ目の答えは、俺が続けたくって続いたわけではなく。
いつの時代も、どんなピンチの時も、手を差し伸べて助けてくれる人や、
どんな時にも、俺の本質を見極めてついてきてくれたファンが居たから
29年も辞めないで歌を歌い続けてこれたんだ ということを言った。
いつも謙虚な気持ちで音楽や世の中に接していることが一番大切だと。
世の中にこびるという意味じゃないよ(笑)
ちょっと話が長くなったけど、この前の高校野球で感動したことで、
あんなにも素晴らしい若者達を見て、胸が熱くなって...
(ちょっと最近、ひどいボクシングとその後の言動で若者に失望していたので)
自分が自分のいる世界を目指す若者達になにを伝えられるんだろうかと,
そんなことを真剣に考えてしまった、
まだまだ青っちょろい45歳で〜〜〜っす。(^▽^)v
なので、小野寺副校長!! また呼んでください。
でも、肩書きは「特別」講師ですよ。(笑)
