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2016.02.18GoGo!55歳!( ̄ー ̄)v
無事に(笑)55歳になりました。
気分はGoGoです。( ̄ー ̄)v
で、今日はもうどのくらい続けてきたのかわからないくらい続けてきた
エッグマンでもバースデーライブです。
以前は6年くらい連続で大雪にみまわれた2月18日ですが
なんだかここ数年降ってないです。
やはり温暖化なのか!! ┓( ̄∇ ̄;)┏
リハーサルは順調に終わりました。
そうそう。 一足先にバースデーを迎えたケンちゃんに歌とケーキを。( ̄ー ̄)v
なわけで、今日も暑い いや熱いライブを約束するぜ。( ̄ー ̄)v
ps 昨日、先月お世話になった奄美テレビの常田社長が来日されました。(笑)
奄美のみんなの色々な話を聞いていると、また島へ行きたくなりました。
2016.02.12牙狼 魔界ノ宴
10周年を迎え、多くの人に愛され続ける牙狼!
アニバーサリーイベント「魔界ノ宴」にJAMProjectも参加してきました。( ̄ー ̄)v
会場になった舞浜のアンフィニシアター。 牙狼に合う。
だって、スタージの上に光輪のようなトラスがあるんだもん。( ̄ー ̄)v
好きな人はたまらんっしょ!!( ̄ー ̄)v
昼の部と夜の部の二回公演。
JAMProjectは、 昼に「紅蓮の月」とスペシャルメドレー。 夜は「 月華」とスペシャルメドレーを歌いました。
俺はけっこう好きです。
なかなかキャストのみなさんと一緒になれる時がない。
なのでイベントの時は、みんなに会えてとても新鮮です。
アニバーサリーらしく。 会場のデコレーションも牙狼な感じだし、お弁当も。( ̄ー ̄)v
ただ、俺達は歌だけだったので、それ以外にけっこう待ち時間が多かったので
イクスピアリで時間つぶしたりしました。
で、スタッフとウン年振りにプリクラ撮りました。
今のプリクラ、大変なことになってますねー(笑)
もともと目の大きい吉澤にいたっては…
もう完全に人間を超越した顔になってます。(笑)
まぁ、これも魔界ノ宴ってことで….(笑)
何はともあれ、牙狼10周年おめでとうございます。
JAMProject初の特撮の主題歌でした。
本当に俺達にとって最高の出会いだったと思います。
でも、監督の言うようにこれから牙狼の旅は続きます。
俺達も、まだまだ一緒に成長していけるようにがんばります。
よろしくお願いします。
2016.02.11牙狼イベントの
2016.02.10Birthday liveの
2016.02.08Beginning
その時は突然やって来ました
「Hello Japanese people!」という元気な声とともに
井上君やケンちゃんや俺なんかが十代の頃から愛してやまない
世界でもっとも偉大な 音楽プロデューサーの1人に数えられるカナダ出身の大プロデューサー
デビッドフォスターがスタジオに飛び込んで来ました。
そしてそれは同時に、井上君や俺のひとつの大きな夢が実現した瞬間でもあった。
レコーディングのために急遽、LAにやってきました。
宿泊したのは、今回のスタジオから 比較的に近いサンタモニカ!
メンバーは俺と井上君、そしてどうしても同行したいということで、マニュピレーター栗ちゃんの三人。
去年の夏くらいに井上君に40周年にオリジナルのソロアルバムを出したいと伝えました。
そして、ぼちぼち自分の音楽人生の中で、やり残した事をやりたいと。
最近よく「終活」っていうことば有るじゃないすか、
まぁ、本当の意味での終活とはちがうかもしれないけど、
幸運にも40年も続けて来られた現役のミュージシャンとして
まだ年齢的に歌が劣化していない今、集大成と胸を張って言える作品を残したいと。
そして、もちろん具体的なリクエストも井上君に伝えました。
それから数週間して、井上君から連絡がありました。
「カゲ! すぐに曲を書けるか? タイミングが合えばデヴィッドフォスターがアレンジ引き受けてくれるかも」
正直、びびりました。
それこそが井上君に話した具体的な目標の、その中でも一番大きなものだったから。
「わかった やる!」と、急いでメロを作りました。
小細工が通じる相手ではないので(笑)、アコギ一本にラララだけの超シンプルなデモ。
送りました。
でもそのあと、少しの間返答が無かったので
あーあ、ちょっと相手がでかすぎたかなーと、ほとんどあきらめかけてた僕らのところに
デビッドのラララ仮歌が入った、まぎれもない僕が作った曲のラフアレンジデモが届きました。
もう天と地がひっくり返るほどにびっくりしました!
そこから本格的に 日米でレコーディングに向けての作業が始まりました。
デヴィッドはコンピューター上でのベーシックアレンジ製作から始まり、
ギターやドラムのレコーディングの様子をどんどん動画で送ってくれました。
ギターがマイケルトンプソンだったり、ドラムスがジョンロビンソンだったりと
80年代90年代と自分たちのアイドルだった偉大なミュージシャン達の動画を見るたびに
もしかしてこれは夢ではないかと何度も現実を疑ってしまいました。
でも、そうじゃない。
だって、その動画がアップされるページのタイトルは「Hironobu」だったから。
自問自答しました。
デビッドからも この曲は英語で歌うのか、それとも日本語かと。
日本で出すんだから日本語がいいのかなぁ いや でも などなど…
で、最終的にLAのコーディネイターのチエさん から
「せっかく勉強続けてるんだからチャレンジしてみては?」
それに 英語で作詞すれば、LAでデビッドのディレクションで歌を録音できるかもしれない。
で、みんなに言いました。 「俺、頑張って英語の詩書きます。」
でもね。 実はほんとに ほんとに ほんとに ウルトラ大変だったんです。
僕にとって、英語で歌詞を書くと言う作業は。 まさに地獄。 苦行でした。(笑)
実際にJAMProjectの時の作詞作業の100倍以上の時間がかかったと思います。
しかも、できあがってもそれが良いのかどうか? 判断できないわけだから。(笑)
で、英会話の先生の中で一番仲の良いオーストラリア人のSerena先生に相談しました。
そしたら 彼女がデビッドフォスターの大ファンだった事もあり、全面的に協力してくれました。
それから今回のレコーディングまでの間、僕の英会話のレッスンは、
すべて、作詞の手直しと、発音の矯正にあてられました。(笑)
より自然に、より 音楽的に。
そういう観点で改良を繰り返し、JAMProjectでおなじみの英語の歌の発生トレーナー 、バラキさんにも手伝ってもらい。
なんとか、俺の人生初の英語詩となる「Biginning」が完成しました。( ̄ー ̄)v
意味は、「はじまり」です。
内容は、当初、バラードなのでラブソングが良いかなぁとも思ったんだけど、
最終的に今回のレコーディングに対する自分の想いをそのまま歌っています。
ずっと飛べなかった自分が、今、最大限の勇気をもって未来に向かってその第一歩を踏み出します。 という歌です。
そして、歌入れは 、デビッドフォスターがウルトラ忙しいことと、
自分の方もJAMProjectの15周年やなんだかんだでバタバタしていた事も有り、
やっと最短距離でこのタイミングで実現しました。
なので、今回は、頑張って頑張ってついにここまで来ることができた、そんなLAレコーディングでした。( ̄ー ̄)v
レコーディングが行われたのはデビッドのバーブレコードのスタジオ。
ユニバーサルレコードのビルの一角にあります。
デビッドは、俺達が想像していた彼の姿より、ずっとずっと優しく前向きな素晴らしい人でした。
歌入れ開始の直前、僕の上着に貼ってあった入館証のステッカーを剥がし
ビリビリに破いてゴミ箱に捨てながら「ヘイ、ヒロノブ! スターにこれは必要ない!」
とウィンクしながら笑う。 そんなレコーディングのスタート。
一瞬でその場を支配していた、僕のぎこちない緊張がときほぐされました。( ̄ー ̄)v
たぶん 数百万円するということです。 ┓( ̄∇ ̄;)┏
ベーシックを初日に、そして二日目に発音がイマイチな箇所をピンポイントで何度も歌って修正しました。
まぁ、それはそれでたいへんだったんだけど、僕は、この時間がずっと続けばいいのになぁ… と思いながら歌っていました。
そして無事終了。( ̄ー ̄)v
デビッドは、「よくやった!」と、何度もすごい力で僕の肩をバシバシ叩いてくれました。(笑)
俺より遥かに背が高いデビッドより、俺の顔がでかいのが悲しい写真です。(笑)
去年の夏から始まった たった一曲のLAレコーディングプロジェクト。
無事、終了しました。( ̄ー ̄)v
いろんな事を学びました。
人生(夢)には近道はないこと。
不得意なことを得意なことに変える努力を惜しまないこと。
そしてけっして諦めないこと。
そして、自分を信じること。
ロスには行けなかったけど、たくさん頑張ってくれたスタッフに感謝します。
特に俺の担当、吉澤。 チーフ桑垣。 ありがとう。
みんなに感謝しています。
このあと このクオリティーを落とさないでアルバムのレコーディングを続けていく事が大切です。
英語の作詞もあと3曲くらい。やってみたいなー なんて(笑)
ps
井上君には心の底から感謝しています。
ひとつ、逸話を。
世間では、レイジーは たっかんと樋口君のハードロックへの熱い思いが爆発して、その過程で解散したと。
それが定説です。
それは正解です。
でも、それはそのあとにラウドネスが大成功したことによって、レイジー解散の定説になったんです。
本当は、それだけじゃない。
レイジーが解散したもうひとつの理由は、井上俊次と田中宏幸の二人が
デビッドフォスターを知り、彼の作るような音楽を日本でもやりたい。と思ったからです。
そんな二人の想いが込められた夢のバンドが「ネバーランド」です。
俺は、どちらも尊敬しています。
ラウドネスとネバーランドの素晴らしさに、僕は順位はつけられない。
商業的な成功の大きさは、たまたまそういう時代だったと言う事です。 ( ̄ー ̄)v
そんなネバーランド時代に撮られた井上君の宝物。
とあるパーティーで井上君が撮ってもらったデビッドとの思い出の一枚です。
井上君は、この写真をいつも財布に入れて持ち歩いていました。
でも、あるとき、井上君が自分の車を路上に駐車し、ちょっと目を離した間に
車の中のバッグを盗まれてしまいました。
そして帰宅してから、バッグが無い事に気づき、雨の中、駐車していた場所にバッグを探しに戻りました。
そしたら、そこから少し外れた道端の溝のようなところに、金目のものを全部抜き取られたあとの残骸が何個か捨てられていたそうです。
そして井上君は、びしょ濡れになりながら 最後に水たまりの中に、お金やバッグより大切なこの写真を見つけたわけです。
だって、宝物ですから。
それから30年以上の時を経て、井上君の宝物がもうひとつ増えました。